液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない


日曜日、きみはいい子を見た。本当はオペラシティギャラリーに行ったのに初台着いたらオペラシティビル全館休館ですと書いてあった。年に2回の全館休館日。なんていうツキ方かとかなりへこむ。だってもう完全に鈴木理策モードになっていたんだもの。うがはあー折角一番乗りで見ようとさっさか朝でてきたのに。他の美術館を考えてみるも、なんかいまいちどれもそこまで見たいほどじゃない。うがはあーととりあえず新宿まで戻り、紀伊国屋にでも行くかなあと歩きだして、そういえばきみはいい子が11:30からやるはずだ!と思い出す。この時点で11:10すぎ。あれ場所どこだっけと携帯で探す。テアトル新宿だ。だが、あれ、場所どこだ?ガラケー故、地図がでない、どうにか出そうとしてもでない。でも住所が3丁目だから、あー、前にいったあそこがテアトルだったかも?とおぼろげな記憶を頼りにとりあえず歩いていってみる。時間は迫る。ピカデリーの先にテアトルの文字が見えたときの安堵、と、よしやったわたし!という賛辞と。しかも階段降りていってたら上映後に監督のティーチインがあるとかの貼り紙が見えた。一瞬、じゃあ席埋まっちゃってる?!と焦ったけど公開から1ヶ月以上すぎてるし、席はまだあいていたから助かった。
そこのみにて輝くがとてもよかった呉美保監督の作品。なんだろうなあ、安定していいなあ、うまいなあと思う。ひとつひとつのシーンで、画で、たしかに物語にひきこまれていく。すっと気持ちがとんでゆく。
今作は子供が多くでてくる。それを見て、是枝監督とは全然違うけれど同じように子供たちの存在感がはっきり現れていた。そこが最初の方の段階でかなり驚いた点であり、そこはおわりに向かって風呂敷を広げたみたいに子供たちによって包まれた映画のようになった感じがした。
最後の方で、ああこれはきっと用意したセリフじゃなく子供たちに自由に言わせてるんだろうなあというシーンがあった。子供たちのしゃべり方や目線の落ち着きのなさなどからそれはわかるし、実際そうだったらしいけど、それまでつづられてきた物語のなかにふっと入ってくるその生々しさがそれでいてよくなじんでいるのが面白かった。是枝監督のワンダフルライフをすこしまえに見返していて、そうこの作品でもやはり演技経験がないであろうおじいちゃんおばあちゃんがセリフでない各々の話をする場面が挿入されてくる。ワンダフルライフの方が全体の物語とあいまってよりふ現実とそうでなさの境界がふわふわしたものがあるけど、でもどちらにもやはり自分の言葉で喋っている人の姿にはこちらがはっとさせられるように向かい合って話を聞き、想像をすることになる感じがする。偶然か、両作品ともそれぞれ質問に対しての個人の返答という形になっているから、この人が言っていることはどうゆうことなんだろう、どんなことなんだろうと頭がただ物語を受容しているときとは違う回転をはじめる気がする。その体験はなかなかおもしろい。
大人の役者もみんなよかった。特に前作にも出ていた池脇千鶴高橋和也の安定感が抜群。セリフでわかりやすい意図を発せずとも存在感でもたらす役割の大きさがすごくしみる。また役としては尾野真千子の演じる母親役の雅美が一番ぴりぴりとした。自分が産んだ子供をかわいいと思うとか愛するとか、そこに決まりきった形はなくて、絶対なんてなくて、じゃあもし自分が母親になった時にはどうかなあと思う。そう思うと雅美のまなざしはいったいなにを見ているのか、というところでこたえの出ない問いをかけられているように感じた。自分の娘に手をあげているとき、トイレで泣いているとき、ほかの家庭の母が子を叱っているのを見、ドアに耳をあてて聞いているとき、娘が自分をしたってくるとき、それらはなにかひとつの気持ち、こころに集約されるんだろうか?そこがわからない。そのわからなさが母親が抱く混沌のようなものなのかなあと思うけれど、それは私にはわからない。でもかなり興味深い。
たぶんもう全国でも公開終わりころなんだと思うけど、これはもっとたくさんの映画館で公開されてていんじゃないだろうか。こんなにいい作品なのに大きく話題になってないのが不思議。なんかこうぐっとくる箇所がちゃんとあるんだよなあ。役者の熱量がちゃんとそこで発揮されるようにそこにあるっていうかんじ。そこのみにてもきみはいい子も全然違う世界だけれど、でも同じなんだっていう地続きの感じもする。またティーチインで話す監督の姿からも堅苦しくないけれど丁寧に喋る姿が印象的で、ぐっと映画の背景が知れてかなりよかった。偶然にラッキー。

土曜はひつじのショーンを見た。やっぱりやるなアードマンスタジオ。土曜のEテレの放送をわりとよく見ているから、そのテレビ版からの発展というところで見るとより面白いのでは。いつもの牧場をとびだして、いつもの関係性をとびこえて、みたいなところがテレビ見てると余計にぐっとくる。ウォレスとグルミットのときも常々思うが、なぜコマ撮りアニメーションでこんなにもはちゃめちゃな疾走感ある場面をぶっこんでくるのかという不思議は相変わらず。連鎖するドタバタを見事にくるっとひとまとめに仕上げるところがさすが。すごすぎる。笑いがとまらん。もうほんとにおもしろい。やばいやばいやばい。客席はほとんど子連れの親子ばかりだったけど、まあ子供にも言葉が一切なくとも伝わり喜び笑わせられるんだからすごいもんだと思う。となりの子供が椅子からたちあがって見てたけど、私も完全に前のめりになってうわうわどうなるのと言わんばかりの体勢でいたからなんかほんとこの物語が気負っていないなかで見せる笑いと安心ってほかにはないなあと思ったりした。