液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

月曜現場の製作がおわっていないので出勤。ほんとは昨日も出てほしかったのだろうと思われたけど、先にそれは予定ありと言っていた。なんとか16時には終われた。お昼はデニーズに食べに行ったが私も昨日は出かけていたし夜寝るのも遅くなったしで体を休めたわけではないのでふたりしてほぼ喋らなかった。そしてなんだか食欲がそんなにはないことに気づく。

ほんとは仕事のあと展示見に行こうかなと思っていたが、足がぐったり疲れていたので無理はやめとこうと家に帰った。買い物行こうと思ってたけど雨もざあと降り出した。まあ死にはしないからいいか。エトセトラを読んで、ギターをまたひさびさに弾いてみるかと思う。いつも思うけど、宇多田ヒカルの初恋のコードを私はいったいどこに書きとめたんだ?どこかに書いたはずだと思うがいつも見当たらなくてYouTubeを参考にさぐりあて弾き歌いして満足して、それでいつもメモってないとは考えにくいけどどこを探してもコードが書かれた形跡がない。やはりしばらくやってないとコードをおさえるのはもちろん歌をうたうことがぎこちなくなっているし高音も出ない。それでも楽しい心地はある。

そんなにおなかもすかないような、疲れのせいか気持ちがなぜか落ちこむ。変だなと思う。そういえば朝は昨日の会が楽しくもあり自分の日常にとっては異常でもあり、色んなものが混ざり合ってなぜだかつらくなって泣きたくなって泣かなかった。でも決して悪いことではなく、ただ自分のなかにたまっているものがうずうずしたのだと思う。もう何年もあるやつ。それをやはり私はどうにかしたいのだ。

まあそんなんもあったしで雨だし萎えた気持ちを古屋誠一の写真集を開いてうやむやにした。野菜ばかりの夕飯。お風呂に入ろう、その前に歯みがきと思って歯みがきをはじめたはずが急にスイッチが入って昨日の日記を書いた。もう途中で切れないのでお風呂は後回し。日記を一気に書いてるときは時間を一切顧みないのでどれくらいたったのかよくわからない。たぶん1時間半とかはかけたのだろうか。疲れるがすこしすっきりする。すこし肌寒い。

島尾敏雄の日記を、読んでないのを読もう。

そういえば日記を読む会に参加した人たちはみんながみんなiPhoneだった。話にすこし出たけど、日記を書いている人々は書いてない人からしたら奇妙に見えるのだろうか。ただの会社員だけど一般企業としての軋轢などはない環境ゆえ世間一般といった概念に接する機会は私は少ないのだと最近気がつくやや鈍感ぶり。昔の人の方が日記をつけることはより普通だったのだろうかな。いまはそれよりSNSになるのだろう。日記と思えばなんだって日記なんじゃないのかな。夏休みの宿題としての絵日記ってのは、ああゆうのは外国にもあるんだろうか。


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