液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

1/1 多分生まれて初めて正月に実家にいない。おせちもお雑煮も食べない。いつも通りにパンを食べた。もともと元旦だからって特別なものを見出すなんてあほくさい、くらいの気持ちがどこかにあるとはいえ何か気持ちが違うのだろうか、なんて思っていたけど特になかった。やはりいつもと変わらぬただたった1日の朝だった。セールに行こうか映画を見に行こうかとしていたら母から実家に来ないのか、買い物に行くのかなどしつこくメールが来ているので池袋に行くと言ったら母も来ると言う。西武で落ち合って、屋上で簡単な昼ごはんを食べることに。私が席をとっといて母がお弁当と飲み物をトレーに乗せて持ってくる、と思ったら何故か盛大に飲み物を落としてぶちまけていた。私がなまけて自販機を探しに行かなかったのも悪い気がするが、なんて言うかこういう時、妙に親が年を取ったことを感じ、親と幼い頃の子としての立場がまるで逆転するようだなと思えてしまう。まあそれなりにおっちょこちょいなところがある人だとは思うが。これがもっと時が経って介護になれば、その時はどう思うんだろうな。

買い物はレギンスを買ってたら帽子が欲しい気になりつついやいや必要ないとふりきり、もう随分すっからかんになってそうなトゥモローランドに行ったら黒の細身のストレッチの効いた私好みのパンツがあった、ちょうど5.6年はいてたポロラルフローレンのパンツが膝が出るようになってきてて似たものがどこに売ってるかなと思っていたところだった。もしやこれがそれなのでは?と思わされる。試着したらぴったりで良かったのですぐそばに置いてあったニットも一緒に買う。どちらも40パーオフだった。

 

1/2 茨城のおばあちゃんのとこに行くというので10時頃実家へ。本をいくつか持っていこうと思っていたのだが、欲しい本がどうも見つからない。おかしい。もしかしてそういえば数年前に売ったのかもしれない。もう自分にこの本は必要ないんだ、必要となんかしないんだ、と思って。うーんなんてバカなんだろう。それでも色々取り出して手提げズッシリ。洗濯物干しなどをやさられる。途中、境の道の駅に寄ってお昼を食べた。ご飯はすごく美味しかったけど、建築がなんだか微妙でなんでこんな構造、草食なの?と思っていたら隈研吾の建築だと小さく看板に書いてあった。高そうな名前だ。

おばあちゃんに会いに行ったのは久しぶりかも。食堂でみんなでテレビを見ている所に入っていって、おばあちゃんの車椅子を押して出ていく。そこにいるおじいちゃんおばあちゃんたちの存在感は圧倒的すぎていつも直視できない。母は相変わらず怒ってばかりいる。耳も遠いので私が耳元で繰り返し言う。おばあちゃんと母との関係に自分と母との関係を重ね合わす。もう、少しはすでに二人の関係をなぞり始めているのではないか、と思う。

帰りに赤羽に姉のところに寄った。まだ入院している。赤ん坊はどんどんこの世界に順応していこうとしているようだった。肺で呼吸することを習得していっている、つい一週間前まではえら呼吸でもしていたんじゃないだろうかと思わずにいられない。なんて不思議な生き物なんだろう。猫の生まれたてくらいしか間近でこれまで見たことがない。猫よりもっと妙。

 

1/3 あさいさん夫妻と一緒に車でレイクタウンへ。人がすごすぎてびっくりした。デパートなどとは敷地面積自体の比が違うので人の数もまるで違うのだった。もともとあまり来ない、馴染みがないショッピングモールだが、なるほどこうゆうところに人々は来ているのか、と知る。どのような人たちか、と言うところまではよくわからないけど。特にこれといった買い物はなく、セールになってたタオルを買った。

 

1/4 aちゃんとお昼に恵比寿で待ち合わせ。東口に行った方のお店で私が見つけていたイタリアンのお店、ヴァカンツァへ。ランチのコースで大満足する。パスタもピザも前菜もどれも美味しかった。おせちを食べていなかった分、華やかなものを食べれた充実感。ゆっくり時間をかけて食べれたのも良かった。そのあとはアトレのハーブスで、さっきもデザートついてたけどケーキを食べる。久しぶりに食べるミルクレープ。aちゃんの話を聞いて、なんだかショックな気持ち。悲しく、残念になる。結婚って、そうゆうものなのだろうか、と知らないだけに残念になる。少なくとも友達の結婚においてはそうあらないでほしいと思ってしまうのだ。結婚して、子供を持つ家庭もあれば持たない家庭もあって、家庭、家族というものは一人の人間の個とはまた全く違う生命体としての姿形があり、それはある種、一個の人間よりもっとぐっと奇形なものなのではないか?と思えたりする。そしてそれは外からはよく見えず、分からず、簡単に首を突っ込める雰囲気ではない。外側と内側があり、見えるものと見えないもの、誰に全てが見通せると言うのか。家族、と言う形で閉じていってしまえばしまうほどその家族独自のルールや価値観が育まれ縛られてしまうのか。人を見下したり差別的視線を投げていたり皮肉を平気ではいているような人は、ダメだと思う。17時過ぎに別れた後、新宿のリーバイスに寄ってジーパンを買う。主に仕事用だけど、今がもしかして一番ジーンズを履くのが楽しいって感じあるかも。ローライズのスキニーとかはしめつけがあったし下着が出ないかなど気にしたりしなきゃいけなかったけど今のはハイライズでゆったりとしてて、それが自分にあっているように思える。大体いつも冬のセールの時にリーバイスで買うのが恒例。セールで6千円くらい。

 

1/5 たまっている本を読もうと思うけど一冊に集中して読めないとか、あ、そういえばあれは〜とかふと思い出したこと、思いついたことに気が逸れてしまうし、以前にまして集中力がなくなっていってるように思う。まるでダメ。ルミネで下着を買おうと思っていたらほしいデザインのやつは売り切れていた。コスメキッチンが10パーオフをやっていたのでチークとグロスを買っちゃう。あさいさんにもらったお魚盛り合わせがあるので連日食べている。魚にブロッコリーとトマトのサラダ、白菜とネギと春雨のスープ、ご飯、納豆、こういった感じの夕飯がしっくり来る。